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2017年06月22日

文明史のなかの明治憲法 瀧井一博著【本書評レビュー】

文明史のなかの明治憲法 瀧井一博著【本書評レビュー】

文明史のなかの明治憲法 (講談社選書メチエ) 単行本(ソフトカバー) 2003/12/11
瀧井 一博 (著)


日本型立憲国家が誕生するまでのドラマを描く。

本書は、伊藤博文を中心とする明治の指導者たちが、西欧文明と接することにより何を感じ、そしてどのような国のかたちを描き、明治憲法が形作られたか。
日本型立憲国家が誕生するまでのドラマが描かれた一冊です。

伊藤博文の滞欧憲法調査だけでなく、岩倉使節団、木戸孝允・大久保利通、山県有朋の西洋体験とその構想も豊富な史料を基に書かれています。

「憲法義解」の解説本かもと思って読んだが少し違っていた。

読んでみて明治憲法(大日本帝国憲法)を制定した人たちの人間模様は面白かった。

伊藤博文の性格からくる木戸との確執、ドイツでの挫折、伊藤博文の憲法の師であり、「シュタイン詣で」と称されたウィーン大学の国家学教授ローレンツ・フォン・シュタインについては参考になった。

著者は、「万国公法」と中国の「華夷秩序」を同等に扱ってるようだったり、明治憲法は「天皇主権」を謳っているとしているようだ(学者さんだし、題名が「明治憲法」という点でどういう思想をもたれているかはわかる)、その点が気になる方もあるかもしれないが、文献を基にした内容なので勉強になるところも多い一冊でした。

では、わたしが面白かった点を抜粋してみます。

□憲法学者の佐藤幸治氏は、
「constitutionが明治期に「憲法」と訳され、その訳語が定着した結果、「『憲法』というとまず憲法典が思い浮かべられ、constitutionが本来もっていた微妙な味わいが失われることにな」ったとして、つぎのように述べられている。
「一般には憲法といえば法典とその文言をどうするかの問題として受け止める傾向を強め、自らの姿・かたちを日常言語、日常用語で語り、改善していく努力を弱めてしまったように思えるのです。」

□久米邦武は、東洋の文明が、為政者の徳によって養われる羊のための文明であるとすれば、西洋の文明は利益競争という熾烈な争いの場でくりひろげられる狼の文明ということになるであろう。

したがって、西洋文明のもとで展開されているのは、究極的には食うか食われるかという二者択一である。

文明国への課題は、ナショナリズムの開発として設定された。国制の課題としていうならば、ナショナリズム、すなわち国の独立心の制度化ということになろう。久米によれば、憲法の制定もその一環に他ならない。
なぜ、「政体法規」=憲法を定めるのか。その解答が明快に示されている。それは、憲法を通じて、国民の独立心の涵養と一体化を図り、そうすることで自律した個人を生み出して国力を高めるためである。国民統合の基軸、それが憲法なのである。

□1872年(明治5年)、一行は大英博物館を見学しながら、久米の観察眼は国家の観察眼は国家の発展法則に向けられていたことがわかる。ここで彼が体得したこと、それは進歩が旧習の徒な廃棄ではなく、伝統を維持しながら「漸ヲ以テ進ム」こと、というものであった。西欧の文明が伝統との断絶のうえにではなく、その継承から成り立っていることに開眼した。
文明の多様なあり方を西洋の地で実感した久米は、学び取るべきものを文明のエートスに見定めたのである。それは、ひとつにはナショナリズムの精神であり、もうひとつは漸進主義であった。

文明の国制とは、二つの文明精神を制度化したものとして観念されたということができよう。ナショナリズムの制度化、そして政治的伝統の制度化である。

□山内進氏が的確に述べるように、「日本人が最初に出会い、その知識をうるために努力したヨーロッパ最初の法は国際法」であった。そしてこの国際法、すなわち万国公法とは、いわば文明の代名詞として当時の日本で受け止められていた。

しかし、ビスマルクの演説に端的に示されていたように、一国の法や主権というものは、国家の富強という裏付けなくしては維持できないという冷徹な論理が貫かれていた。
この現実に直面して、使節団の指導者たちは視座の転換を余儀なくされる。
すなわち、万国公法への無垢な信頼を捨て国力の充実による国際競争力の増進を図るという方向への路線変更である。
これに伴い、明治国家の拠って立つ法原理も、万国公法から憲法へと転位された。

□ベルリン大学の憲法学者グナイトスは、日本が憲法を作るなどまだ100年早い、「銅器に鋳金」をするようなものだとみなしていたらしい。グナイストの冷笑まじりの言葉を聞いて、一行は唖然とし、そして憤慨した。
伊藤は見事に出鼻をくじかれ、調査は早くも前途の多難さを予測させるものとなってしまった。実際、その後もベルリンにおいて、伊藤は調査にかんばしい成果を挙げられず、苦悩を深めることになる。

□ウィーン大学の国家学教授ローレンツ・フォン・シュタイン
「君主は過ちをなしえず」=何も実質的なことをしないでよいということである。元首は進行中のいかなる国家活動にも干渉してはならない。元首のなすことは現実性のあることではなく、形式的なもののみであるべきである。それ故に、彼は過ちをなし得ないのである」と。

シュタインが伊藤に教示したように、立憲主義の眼目は、君主・議会・行政という国家の三機関の調和に置かれる。各部が政治的に突出しにように精巧に諸々の制度を布置することが要請されるのである。そのために伊藤は、議会権限の当初の広範な制約や天皇の立憲化のための様々な措置、行政システムの近代化といった諸法制を考案したのだった。
それらを総合した明治のconstitution=国制こそ、伊藤が「日本的」と呼ぶものであろう。西洋と文明の理念を共有しつつも、そのモメントたる力の発現の方法と形態に創意工夫をこらした日本型立憲国家がここに成立したのである。

□伊藤は、議会と政府が対立した際の天皇の政治的決定権を指摘している。そしてそのための顧問団として枢密院が考案されているのである。
天皇の政治的行為のための諮問機関、それが枢密院なのである。枢密院の設置とは、天皇の政治的突出にたがを嵌めるものであったといえよう。
これによって、天皇の政治的意思形成は、宮中の奥深くから連れ出され、枢密顧問官という国家評議員たちの面前で彼らの審議を通じて遂行されることなったのである。

□明治22年7月、伊藤の配下として明治憲法、憲法義解の英訳を携え、金子堅太郎が欧米巡遊の途に就いた。
この旅にはもうひとつ重大な使命があった。各国の政治家・学者から日本憲法の批評をうかがうというものである。

「いずれの者も憲法それ自体の出来には太鼓判を押したのである」

憲法典と憲法義解の両者をワンセットとした作品としての明治憲法は、幾人もの有識者からドイツ型やイギリス型に偏らない日本の歴史に根差した日本固有のナショナルな憲法との評価を得ることができたのだった。

詳しくは⇒[URL]文明史のなかの明治憲法 (講談社選書メチエ)



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posted by 近藤SCO at 10:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 本書評(読書) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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